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ユーザー訪問:No.11 株式会社ニシムラ

No.11 株式会社ニシムラ

機械加工の現場から

インタビュー
父の死、それが第二の転換点に
木下社長

設備投資と同じように技術力を磨くということ、それも常に最先端、最高の技術に向けて挑戦していくことが大事だと考えています。親父は常々、一つのところに留まるのではなく、技術を持って新しいことに挑戦しろというようなことを言っていました。例えば、シロキ工業さん、大豊工業さんというような大企業からの受注がありましたが、それに甘んじていてはいけないと言うんですね。私は、自力で大豊工業さんとの関係を拓いたという自負のようなものがありましたから、そこで親父とよく衝突しました。

お互いに仕事を思ってのこと、会社を案じてのことなんでしょうね。

木下社長

ある時、会社に殆ど出てこないのに偉そうなことばかりガミガミ言う親父と大喧嘩をしまして、「会社を辞める!」とか「会社ごと売り飛ばしてやる!」と言って飛び出したことがありました。もちろん、本気などではなく、親父に対して眼に物を見せてやるというパフォーマンスだったんですが、肝心の親父は知らんぷりで、親会社の方々が私を迎えに来られて、お客さまに申しわけなく、また格好のつかない形で収まった次第です。別のある時は、取引銀行の支店長が仲介の労をとっていただいたこともありました。

それだけ周りから必要とされていた存在だったのですよ。

木下社長

いま振り返ってみると、なんとも物騒がせな親子で、皆さまにご迷惑をお掛けしたものだと思っています。若気の至りです。

それにしても、先代は、会社には殆ど出てこられなかったのですか。

木下社長

ところが、希に甚平に麦わら帽子のいでたちでぶらっと出てきまして、断りもなく工場の機械でクワを研いだりしているんですよ。親父の顔を知らない社員がそれを見つけまして「おぉい、へんなおっさんウロウロがいるゾ!」ということで大騒ぎになったことがありました。

こんなに面白い話をお聞きするのは、ユーザー訪問では初めてです。

木下社長

そんな親父も癌で、私が44才のときに他界しました。晩年、入院生活を送ったわけですが、本人には病名を知らせませんでしたから、治ったら温泉に行くんだなどと言っていました。手術をしても施しようのない状態にまでなっていて段々と死期が近づいてきた頃には、私がいつも付き添うようになって、親父もそれとなく気づいていたんでしょうね。「俺がいなくなっても1ヶ月や2ヶ月くらいはお前もやっていけるだろう」などと言うんです。それが一度も息子に誉め言葉を掛けたことのなかった親父の最後の言葉でした。平成7年の8月、お盆を迎える前に亡くなりました。

お幾つでしたか。

木下社長

享年69才でした。実は、本人が自覚しない状態での他界でしたので、後のことが何も考えられていなかったのです。それについては、色々な方に大変にお世話になりました。例えば、相続ということでは、会社を潰してはいけないという配慮もあって、親会社の方々は後継者と認めていただきました。そして、親父の死後も、多くの方にお世話になりました。私はそのとき、初めて「他人(ひと)の恩」というものを知りました。これがまた、私にとっては一つのターニングポイントとなったのです。それは同時に、経営者としての転換点でもありました。

名実ともに会社を背負う立場となられたわけですが、どのようにしていこうとお考えになられたのですか。

木下社長

当時、社員が24、5人はいたと思います。その人たちに対して、私は責任ある立場であるということを痛切に自覚しました。親父が言ったように、会社が1、2ヶ月しかもたないようでは社長失格です。それを防ぐためには、これも親父が言ったように、新しい技術に挑戦して、より多様な業種・企業とのつながりを持っていくことが必要なのだと感じるようになったのです。

具体的には、どのようにされましたか。

木下社長

唐突ですが、アイシン精機さんとの関係を持つようになったのも、その一つです。本当に微かなツテを頼りにして私自身が切り込み隊長となってアプローチし、最初は試しに使ってもらう、もしダメならそれっきりで代金はいただきませんという方法でお願いしました。そうした一念の思いが通じたのでしょうか、やがて正式に受注をいただけるようになり、現在では工機工場(西尾)からプレス関係の高精度加工をいただいております。この後に、同じようにして新たに受注をいただけるようになったのがアラコさんです。また、現在ではアイシンAWさんやフタバ産業さんとの関係もできています。

大不況時代にあって、特に金型加工といわれる厳しい業界であるにもかかわらず、どんどんと新しい受注先を開拓されている、しかもどのお客さまも超一流の優良企業ばかりというのは本当に羨ましい限りですね。